BPMと日本型経営システム

 一般社団法人BPMコンソーシアムが、BPMを普及・推進しようとしている根本の考え方について述べてみたいと思います。BPMコンソーシアムはBPMの「実践」によって推進することを基本としています。しかし、闇雲にBPMの「実践」をお勧めしているということではなく根本的な狙いや考え方や普及方法に関して、ご理解いただければと思います。

目次

1.日本型経営システムの特長
2.なぜBPMは普及しないか
3.契約社会と日本型雇用
4.まとめ

1. 日本型経営システムの特長

日本型経営システムの特長・経済合理性は
管理者(経営者)は
・直接的な管理をほとんど行わない。
・組織間、セクター間の調整業務が中心である。
・意識の中心は部下が働きやすい環境づくりである。
・各現場の労働者の自主性を重んじて全体の効率化を高める。
よって
組織構成員間の自発的係りが重要になる。
吉田和夫氏は自発的な係りをIsingモデルという数理モデルで説明しています。
(吉田和夫:「解明日本型経営システム」(1996)

・現場の直接的な小さな判断は現場に実質的な権限を委譲する経済合理性を説明。
・管理職(経営者)の監視強度を強めると現場は努力の度合いを弱め、逆に監視強度を弱めると現場は努力の度合いを高める。
 Aghion,Philippi、Jone Tirole,(1997)”Formal and Real Authority in Organizations”はプリンシパル-エージェントモデルで説明されています。

私は、この2つの数理モデルでの説明が日本型経営システムの強みであると理解しています。しかし、1990年代から今日に至る日本はこれらの仕組みを失いつつあると感じています。 その理由は次に記述します。

2. なぜBPMは普及しないか

 BPMがなぜ普及しないかということの議論に必ず出てくる話は、戦後の日本が欧米のような「契約社会」ではなく「終身雇用による属人的な制度」だからということを言われます。

 日本が、かつての日本型経営システムの強みを失いつつあるのは「終身雇用による属人的な制度」が崩れているからであると思います。
新入社員の3年以内の離職率が30%以上だと言われていることからも裏付けられます。【厚生労働省、「新規学卒就職者の離職状況(平成28年3月卒業者の状況)】また人材紹介業、転職紹介業などのビジネスが拡大していることもからも人材が流動化していると思われます。(矢野経済研究所調査:売上高2012年-2019年対比 約166%) バブル崩壊後から経営難になると「依願退職制度」などの人員削減(特に間接部門)が通常の経営手法として使われることになったことからも、日本の人材は、かつてよりも流動化していると言えるでしょう。

 すなわち、日本も契約社会に近い形になってきており業務が「属人化」されていることの弊害が顕著に表れるようになっていると思われます。
業務範囲に関して、契約が欧米ほど明確でないという点がBPMが普及しない原因ではあるでしょう。しかし「属人化」が、多くの組織で問題になっているということは、BPMが求められる市場に日本はなっているという認識です。

 権限移譲や組織構成員間の自発的係り(間接部門の人員削減により調整能力)も失われつつある今は、
・キーマンが退職すると組織内制度の継続性までも失われてしまう。
・業務の問題が事後的に発覚する。(顧客クレームなど)
・うつ病などの精神疾患の患者の増加や、それを原因とする過労死、自殺の増加。
といった問題が発生していると言えるでしょう。「ほうれんそう」(報告、連絡、相談)という言葉では済まない状況にあると思われます。

 そのことから日本型経営システムの「経営者や管理者が直接的な関与が少なく、小さな権限は現場に移譲する」という特長が失われ、経営者や管理者による直接的な業務関与や指示、監視が増えていると感じます。直接的な判断をしたい経営者や管理者は、間違った判断はしたくないため現場の情報を定量的に捉えるためにBI(ビジネス・インテリジェンス)などを使った分析を常に求め続けている。と言えるでしょう。

すなわち監視強度を強めていると言えます。監視強度が強くなると現場は自らの努力の度合を弱める。 といった悪循環に陥っているのではないでしょうか。

3.BPMという手法の日本における親和性

 BPMは海外の契約社会に適合したシステムで日本に馴染まない、ということに関するもう一つの反論があります。 欧米の製造業の現場におけるインダストリアル・エンジニアリング(IE)という分野の時間研究(タイムスタディ)は契約社会のための手法でした。

 欧米での当初のタイムスタディの目的は
・工場の中の仕事は負荷が異なる。
・契約時に仕事の負荷によって賃金を決める必要がある。
・作業を測定して定量化し決定する必要があった。
ということです。

 日本企業は作業負荷による賃金差ではなく年功によるものなので、この手法は異なった使い方をすることになったと言えるでしょう。タイムスタディは、日本では作業を標準化するためと標準化された実作業を測定することで課題を見つけ、より簡単に楽に早く行える作業にするという改善に主に使われるようになったと言えます。(PDCAサイクル)
 トヨタ生産方式などにおいて、作業を標準化させサイクルタイム(一人が担当する繰り返し作業の時間)で作業をする必要がありました。そのために作業標準書を作り、さらに作業改善は現場に目標数値だけを与えて何を改善するかも自らが考え実施するという、作業者相互間での自発的な取り組みのための道具、すなわちタイムスタディは、欧米と異なり現場の道具となりました。
 管理者は、その改善するためのスキルを作業者が学ぶための教育環境などを作ったと言えるでしょう。

 BPMも同じことができるはずです。BPMによって、実務者に小さな権限が委譲され実務者相互間の自発的な取り組みにすることが、日本におけるBPMの普及、成功の道であるという確信があります。

 これが素早く展開される、されないという組織文化の差は確かにあると思います。しかしBPMが普及しない原因が「社会のしくみ」や「民族論・文化論」といった話の展開は、タイムスタディの例から言っても意味のないことだと感じます。

4.まとめ

 BPMはミドルマネジメントから実務者が使用するボトムアップ的な手法であり、経営者はその普及環境を整えることが主な仕事であるべきだと思います。残念ながら、トップダウンで「やらされ感」の中で実施しているBPMは成功していないように思います。大切なのは実務者がBPMを「正しく理解する」ことです。正しい理解なしにトップダウンで大プロジェクトとして実施してもBPMNは描けても、BPMSは導入できてもBPMは成功しないでしょう。そもそもBPMはプロジェクトではないからです。
 BPMコンソーシアムが推奨するのは、まず実務者が中心となって社内外の支援者と共にモデルプロセスを設定し「まず、やってみる」ことで成功事例をつくることです。正しくBPMを理解した成功体験者を増やすことで徐々に対象を拡大していくという方法をお勧めしています。